観点別評価から全体を知る
製品、サービス、組織などの状態は、概ね複数の観点から把握します。
例えば、スポーツチームの戦力や企業の社会的責任などの組織の状態も複数の観点から調べられます。得られた得点は全体をとらえるために、レーダーチャートで表示されることが多いです。図1は、サッカーのチームスタッツをレーダーチャートで示した例です。
この例では、2021年、2020年のレーダーチャートを重ねて示していますが、数年に亘る調査結果は、レーダーチャートの並びになります。
図1 レーダーチャートで示された
サッカーのチームスタッツの例
このような結果に対して、一つひとつのレーダーチャートが数値化できれば、状態の経時変化を数値的にとらえたり、条件と状態との相関を解析したりできます。そうすることで、予測も可能になります。
レーダーチャートの数値化は、観点別得点の統合値を求めることに他ならず、様々な算出法が考えられます。しかし、観点別得点はレーダーチャートで示されることが多いため、その視覚的な判断に合う数値化が望まれます。例えば、バランスよく得点が高いとか、バランスはよいが総じて得点は低いとか、得点がバラついてバランスが悪いといった判断です。
このような視覚的な判断に一致する数値化が、レーダーチャートの指標RADAR CHART POWER (RC-POWER) ®です。レーダーチャートの形と大きさを用いて、バランスよく得点が高いかどうかを計算しているため、視覚的な判断に一致するのです。
実験結果のレーダーチャートの並びをRC-POWERに置き換えて、変化を数値的にとらえ、特定の条件での推定値を求めた例をご紹介します。
それは、がん治療のための試験研究で、薬剤投与量が対象に及ぼす影響の解析例で、結果は薬剤濃度毎のレーダーチャートの並びになっています。この解析のためにRC-POWERは生み出されました。
次に、同じ観点別得点に対してRC-POWER以外の算出法で求めた統合値についても考えます。これらについて、レーダーチャートで示されている観点別に調べた事象のとらえ方に着目して考察します。
RC-POWERを用いた管腔形成試験の評価
目次
- 管腔形成試験とは
- 試験方法
- 試料画像の定量化
- レーダーチャートで示される阻害過程
- RC-POWERの統合値による阻害過程
- RC-POWER以外の統合値による阻害過程
- 観点別事象のとらえかたに応じた統合
- まとめ
大きな流れで骨子をとらえる場合には、管腔形成試験とは の途中から レーダーチャートで示される阻害過程 にお進みください。試験方法などは、内容の確認にお読みください。
管腔形成試験とは
管腔形成試験は、がん治療法の開発過程で行われる試験です。
図2に示すように、がんは栄養と酸素の供給路となる血管網を構築しつつ増殖します。そこで、血管の構築を阻害し、兵糧攻めにして、がんを縮小し、転移も抑制しようとする治療戦略があります。そのひとつが血管新生阻害による治療であり、管腔形成試験は、その治療法の開発過程で必ず行われます。
図2 血管新生によって増殖するがん
試験で得られた試料画像の解析法として、5つの観点から試料画像を解析し、各得点の統合値で定量的に阻害過程をとらえた例をご紹介します。
レーダーチャートで示される阻害過程 に進まれる場合は、こちら
がんには元来血管は備わっていません。しかし、ある程度がん細胞が増えると、血管を誘導する因子を放出して、周囲の血管から新しい血管を形成させ、血管網を構築します。このように既存の血管から新たな血管網を構築する生理現象は血管新生と呼ばれます。
血管の内腔は、図3のように、血管内皮細胞で覆われ、内皮で裏打ちされています。血管内皮細胞が管腔を形成し、さらに中膜、外膜によって囲まれて血管となります。
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図3 血管の構造
試験方法
血管新生阻害剤の開発では、まず阻害が期待される候補物質を探索します。
候補物質が挙がると、図4に示すような管腔形成試験を行います。血管内皮細胞による管腔形成の過程をシャーレ上で再現させながら、阻害効果を確認し、用量によってどの程度阻害されるかなどを調べます。
試験では必ず対照実験と本実験を併行します。血管内皮細胞を同一条件で培養しますが、対照実験では候補物質を投与せず、本実験では濃度を変えて投与します。定めた培養期間後に、顕微鏡下で試料を画像として記録します。
対照実験の画像では管腔形成による網目模様が認められますが、本実験では投与濃度によって、部分的に認められる画像や全く認められない画像があります。
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図4 管腔形成試験の基本
ご紹介する解析法ではこの網目模様に着目して、管腔形成の状態を定量化して投与濃度との相関を解析しました。本実験での状態は、対照実験での値を基準にした相対値でとらえました。
試料画像の定量化
検討した解析法の有効性を確かめるために、臨床で使用されている血管新生阻害剤 Suraminで管腔形成試験を行いました。
図5は得られた試料画像例です。この本実験では、薬剤濃度は、1μM、10μM、20μM、40μM、60μM、80μM、100μMと変えました。
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図5 Suraminを作用させた管腔形成試験
対照実験で認められる網目模様は、濃度が高くなるにつれて、徐々に崩壊しています。画像を5つの観点から管腔形成の状態について解析し、各濃度で各観点について得点を算出しました。得点は、対照実験での得点の平均値に対する百分率です。具体的な観点については、下記の参考文献をご覧ください。
- 立野玲子, 小倉 潔, 後藤敏行 :画像解析による管腔形成試験の評価方法および評価装置, 特許5783485, 2015.7.31
- Minamikawa-Tachino R, Ogura K, Gotoh T.: Mesh-loosening quantification of inhibition of angiogenic tube formation through image analysis. Assay Drug Dev Technol. 2013 Feb;11(1):25-34.
レーダーチャートで示される阻害過程
図6は、対称実験と本実験の試料画像を5つの観点から調べた結果のレーダーチャートの並びです。対照実験での状態と各濃度での状態との相対的な関係が示されています。
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図6 管腔形成の状態について対照実験と比べた本実験でのレーダーチャート
対照実験では管腔形成の状態は、5項目すべて100の正五角形で示されていますが、本実験では、濃度に応じて変化した五角形となっています。Suraminが投与されると正五角形はつぶれますが、40μMまでは形はほとんど変わらないまま、小さくなります。60μMで形が大きく変わり、80μMで形は変わらないが小さくなり、100μMで五角形は消失し、1点になるという形状変化になっています。
RC-POWERの統合値による阻害過程
管腔形成の状態は、管腔を形成する力、すなわち管腔形成能であり、ここでは、レーダーチャートで示される管腔形成能をRC-POWERで数値化しました。薬剤の影響がない対照実験では、管腔形成能はすべて100の正五角形で表され、RC-POWERは100となります。投与されると100未満の値が作る歪な五角形となり、各濃度でのRC-POWERは100未満となります。この阻害過程は、RC-POWERの減少過程になり得ると示唆されます。
図7は、横軸を濃度の対数、縦軸を%としてRC-POWERによる管腔形成能をプロットしています。濃度が高くなるにつれて、管腔形成能は徐々に低下し、100μMで0になる阻害過程となっています。管腔形成能を一般的なロジスティック関数で近似して濃度依存的阻害曲線を求め、薬理作用の指標である50%阻害濃度(IC50)も算出しました。
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図7 Suraminの濃度依存的阻害曲線
このIC50は、既発表の生化学実験や類似の管腔形成試験の解析装置による値とほぼ一致しています。RC-POWERによって、臨床で用いられている抗血管新生剤Suraminの管腔形成試験として、妥当な結果が得られています。
比較した解析装置でのIC50については、下記資料の3ページをご覧ください。
APPLICATION NOTE BD Biosciences – Bioimaging Systems: 血管新生モデルとしての血管内皮細胞チューブ形成の画像解析 https://www.bdj.co.jp/pdf/65-060-00.pdf (accessed September 7, 2022)
RC-POWER以外の統合値による阻害過程
各濃度の5つの観点別得点について異なる算出法で統合値を3種類求めました。観点別得点の積、和、さらに観点別得点で作成したレーダーチャートの面積を算出し、対照実験でのそれぞれの値を基準とした百分率を統合値としました。図8に、これらをRC-POWERによる管腔形成能とともに示します。
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図8 算出法によって異なる阻害過程
積だけは、RC-POWERと同様に、濃度が高くなるにつれて徐々に減少する阻害過程を示しています。しかし、RC-POWERに比べて値が小さく、特に高濃度になると阻害の変化が分かりにくくなっています。
和と面積では、ともに中濃度で増加した後に減少し、また高濃度で増加した後に減少する阻害過程となっています。効能が認められている抗血管新生剤を用いた管腔形成試験としては、このような増加は不可解です。
図6のレーダーチャートでは、確かに60μMで大きく増加した項目がある一方で、極端に減少した項目もあります。そのため和と面積は増加となったのでしょう。しかし、レーダーチャートの五角形のバランスは極端に悪化しているため、RC-POWERは減少になっています。
同じ5つの観点別得点を用いながら、算出方法によってなぜ濃度に応じた漸次的阻害過程と一旦増加する阻害過程に分かれたのでしょうか。
観点別事象のとらえかたに応じた統合
レーダーチャートは、得点だけでなく、それらのバラツキもその多角形の形と大きさで一目瞭然に示してくれます。レーダーチャートは、各観点で調べた事象が同時に起きたとする場合の表示に適しています。このとらえ方に対応する統合法は、RC-POWERと積になります。
和と面積は、観点別の事象が同時に起きていないとする場合に該当します。面積はレーダーチャートで表示することで得られる多角形の特徴ですが、隣り合う項目で作られる三角形の面積の和であるため、和を用いた場合の事象のとらえ方と同じになり、同様の阻害過程となっています。
複数の観点からの調査では、各観点で調べた事象が同時に起きたのか、同時に起きていないかを意識することは重要です。この事象のとらえ方に適した算出法を用いることで、全体を的確に把握できるからです。
特に、この例のように観点別得点をレーダーチャートで表示した上で、統合値を求めるならば、レーダーチャートでの事象のとらえ方と一致した算出法が適当であり、RC-POWERと積が該当します。
RC-POWERではレーダーチャートの形と大きさを用いてバランスよく得点が高いかどうかを表すため、単純な積より統合値は大きくなり、高濃度でも阻害の変化を明瞭に示すことができています。
RC-POWERは、観点別に調べた事象が同時に起きるとする場合に、観点別得点の統合値として適切です。
まとめ
・ 多くの場合、調査は複数の観点からなされ、得られた観点別の得点をレーダーチャートで表示して全体を視覚的に把握します。
・ レーダーチャートは、得点がバランスよく高いかどうかを多角形の形と大きさで示してくれるため、観点別に調べた事象が同時に起きたとする場合の表示に適しています。
・ 観点別得点をレーダーチャートで表示した上で、全体を的確に表す統合値を求めるには、レーダーチャートでの事象のとらえ方と一致した算出法を用いることが肝要です。
・ RC-POWERは、レーダーチャートの形と大きさを用いてバランスよく得点が高いかどうかを表すため、観点別に調べた事象が同時に起きるとする場合の観点別得点の統合値として適切です。
・ 管腔形成試験の例では、RC-POWERによる観点別得点の統合値で、実験結果のレーダーチャートの並びを数値変化とし、その近似から50%阻害濃度の推測値が的確に得られました。
・ 複数の観点からなされた調査では、各観点で調べた事象が同時に起きたのか、同時に起きていないかを意識することは重要です。この事象のとらえ方に適した算出法を用いることによって、全体を的確に把握できるからです。